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ペガク(白岳)区間

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略図

지도
  • チャンイムン(彰義門) ~ヘファムン(恵化門)
  • 距離: 4.7km / あちらへ: 約3時間
  • 距離 ★★★★★

ペガク(白岳)区間

セクション : チャンイムン(彰義門) ~ヘファムン(恵化門)
距離 : 4.7km
あちらへ : チャンイムン(彰義門) ~ヘファムン(恵化門)

チャンイムンからペガクサンを超えヘファムンに至る区間である。ペガク(白岳・北岳山、342m)は昔のソウルの主山で内四山の中で最も高く、コングクサン(拱極山)、ミョナク(面岳)とも呼ばれ、山の姿は「五分咲きの牡丹」に例えられるほど美しい。ハニャン(漢陽)都城はペガクサンを起点に築造された。1968年1・21事態以後、約40年近く立ち入りが制限されていたが、2007年から市民に開放された。

• 開放時間 : 年中無休
冬(11月~2月) 09:00~17:00、春·秋(3月~4月/9月~10月) 07:00~18:00、夏 (5月~8月) 07:00~19:00
• 身分確認の手続きを省略
交通案内
[チャンイムン(彰義門)] ❸キョンボッグン駅3番出口支線バス7212番・1020番・7022番 → チャハムンゴゲ(紫霞門峠)」下車 → 徒歩2分
[スクチョンムン案内所] ❹ ハンソンデイプク駅6番出口支線バス1111・2112番 → 「ミョンス学校」下車 → 徒歩20分
[マルバウィ案内所]
1) ❸ アングク駅2番出口マウルバス鍾路02番 → 「 ソ ンギュングァン(成均館)大学校・後門」下車 → 徒歩20分
2) ❺ クァンファムン駅2番出口マウルバス鍾路11番 → 「サムチョン(三清)公園」下車 → 徒歩20分

[プクチョン村/ワリョン公園] ❹ ハンソンデイック駅6番出口マウルバス城北03番 → 「パルガクチョン(八角亭)」 → 徒歩5分
[ヘ ファムン] ❹ ハンソンデイック駅5番出口 → 徒歩5分

主要部分

  • チャンイムン(彰義門)

    チャンイムン(彰義門)
    <史跡第149号> "チャンイムンはイヌァンサン(仁王山)とペガク(白岳)の交差地点にある門で、四小門の中では唯一、朝鮮時代の門楼がそのまま保持されている。この門楼は壬辰倭乱(文禄の役)の時に焼失されたがヨンジョ(英祖)17年(1741)に再建された。ヨンジョの時に門楼を新たに建てた際、インジョ(仁祖)反正時に反正の群れがこの門から都城に入ったことを記念するために、功臣らの名前を刻んだ扁額が掛けられたが、現在も当時のまま残されている。現在はチャハムン(紫霞門)として呼ばれることが多く、同門付近の景色がケギョン(開京)の景勝地であった チャハドン(紫霞洞)と類似していることから名づけられた。"
  • ペガク(白岳)マル

    ペガク(白岳)マル
    "都城で最も高く、 「ペガクサン、海抜342m」と書かれた標石 が立っている。ペガクマルからはキョンボッ クン(景福宮)とセジョンロはもちろん、ハン ガン(漢江)向かいの63ビルまで眺望できる。 最初の築城当時は工事区間を97に分け、千字 文の順に各区間の名前が付けられ、スタート 区間は「天」、最終区間は「弔」となってい たが、ペガクマルは「天」の区間に該当する。"
  • 1・21事態の松

    1・21事態の松
    "ペガクマルからチョンウンデ(青雲台)まで下り 坂には「1・21事態の松」と呼ばれる木が立っている。樹齢約200 年の古木には15発の銃弾の跡が残っている。この銃弾の跡は1968年 1月21日、チョンワデ(青瓦台)の襲撃を狙って侵入した北朝鮮の特殊 部隊員たちと韓国の軍警が交戦した跡である。この当たりから城外を 眺めると、プッカンサン(北漢山)とペガクマルの間にある位置するピ ョンチャンドン(平倉洞)が一目で入る。ピョンチャンドンという地名 は宣恵庁の倉庫である平倉があったことに由来する。"
  • 暗門の外、巡城道

    暗門の外、巡城道
    朝鮮時代の都城の内外には、兵士たちが巡回する巡城道があった。 朝鮮後期には御営庁・禁衛営・訓練都監の三軍門がそれぞれ8つの区域に分け都城の周 辺を巡回した。
  • スクチョンムン(粛靖門)

    スクチョンムン(粛靖門)
    スクチョンムンはハニャン(漢陽) 都城の北大門である。最初は粛清門と名付けられていたが、後に 粛靖門に改名された。現存する都城門のうち、左右両側に壁が繋 がっているのは唯一スクチョンムンしかない。1976年に新たに門 楼が建てられた。
  • マルバウィ案内所と優秀景観眺望名所

    マルバウィ案内所と優秀景観眺望名所
    "マルバウィとはサムチ ョン(三清)公園の中にある岩のことで、この名前の由来については諸 説がある。ペガクの端にある岩という意味で末(マル)の岩(バウィ)と名 付けられたという説や、馬に乗ってきた人々が山に登る前にこの岩に 馬をつなぎ止めたことから馬(マル)バウィと名付けられたという説な どがあるが、後者の方が有力視される。東尾根に沿ってペガクに登る 途中で急傾斜になる地点を指す。ここからはソンブクグ(城北区)方面 の眺め、チョンノグ(鍾路区)方面の眺めがよく、優秀景観眺望名所と なっている。優秀景観眺望名所は、スクチョンムン(粛靖門)案内所、 マルバウィ案内所、サムチョン(三清)公園、ワリョン(臥龍)公園への道 が分かれる分岐点なので、案内標識をよく確認する必要がある。"
  • プクチョン(北村)韓屋村

    プクチョン(北村)韓屋村
    "プクチョンとはキョンボックン (景福宮)とチャンドクグン(昌徳宮)の間に位置する村の昔の名称で、 現在のチェドン(斎洞)、カフェドン(嘉会洞)、ケドン(桂洞)、サムチ ョンドン(三清洞)一帯を指す。古くから宗親や高官が多数住んでい たため屋敷が多かった。現在残っている朝鮮末期の建築物にはアン グクドン(安国洞)にあるユン・ボソン(尹潽善)の家が唯一で、ハン・ サンニョン(韓相龍)の家、キム・ソンス(金性洙)の家など1910~20 年代に建てられた建物も幾棟か残っているものの、ほとんどの韓屋 はすべて1930年以降に建てられた都市型の韓屋である。"
  • プクチョン村

    プクチョン村
    ワリョン公園の脇から都城内側の道に沿って歩 くと、ソンブクドン(城北洞)に抜けるアンムン(暗門)が現れるが、 プクチョン村はアンムンの外に広がる絵のような町一帯を指す。 プクチョン村にはかつてマンへハン・ヨンウン(萬海韓龍雲)先生が住ん でいた「シムジャン(尋牛荘)」と「ソンブクドン鳩」の作家として有名 なキム・グァンソプ(金珖燮)詩人が住んでいた家がある。城壁の下には 約500世帯の家がたて込んでおり、1960~70年代のソウルの趣を感 じることができるので、ドラマや映画のロケ地としても人気である。
  • ソウル漢陽都城の跡

    ソウル漢陽都城の跡
    キョンシン(儆新)高等学校の裏道からヘフ ァムンに続く路地は城壁がひどく破損され、痕跡だけが所々残っ ている。キョンシン高等学校の裏門は城壁が学校の塀として使わ れている。キョンシン中・高校を通り過ぎると、「L字」の形に 折れた住宅の塀の下に城石が土台に使われていることがわかる。 へソン(恵聖)教会階段の両 側にも城壁の一部が残っている。 途切れながらも続くハニャン都城の城壁は途中で100mほど跡形 も見えなくなるが、トゥサン(斗山)ヴィラ建物の前で再び現れ、 旧ソウル市長公館の塀まで150mほど続く。
  • ヘファムン(恵化門)

    ヘファムン(恵化門)
    "ハニャン(漢陽)都城の東北門である。 創建当時はホンファムン(弘化門)という名称だったが、チャンギョングン (昌慶宮)正門の名前がホンファムンになったことで、チュンジョン (中宗)6年(1511)にヘファムンに改称した。当初は門楼がなかったが、 ヨンジョ(英祖)時に建てられた。門楼は1928年に、虹霓は1938年に 取り壊されたが、1994年に元の位置より北側に建て直された。"
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