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ソウル 漢陽都城

遺産としてのソウルハニャン(漢陽)都城の価値

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遺産の概要
• 遺産の名称:ソウルハニャン(漢陽)都城
• 位置 : 大韓民国ソウル市チョンノ区オギン6ギル26-19(チョンノ区、ソンブク区、チュン区、ヨンサン区、ナムデムン区)
• 分類 : 文化遺産
• 地理座標 : N37 59 31.45 / E126 97 31.24
1)ソウルハニャン(漢陽)都城の普遍的価値
ソウルハニャン(漢陽)都城は、五百年以上にかけて宮殿や政府事務所のチョンミョ(宗廟)、サジクタン(社稷壇)や朝鮮の首都に住む住民たちを守り続けてきました。このことからも、城郭は首都や国家の中心を象徴すると言えるでしょう。更に、ソウルハニャン都城は、高句麗の首都であったピョンヤン(平壌)と高麗の首都でだったケソン(開城)の城壁から見られる、平地と山地の両方における城壁建設の伝統を今日の人々に伝えています。一方、朝鮮の首都であったハニャンは、儒教的な世界の秩序と象徴によって配置されています。
1396年、ハニャン周辺の最初の城壁を建築するため、全国から数十万人の労働者が動員されました。その後、この城壁はセジョン(世宗)とスクジョン(肅宗)の時代に、部分的に改築されました。『朝鮮王朝実録』や『承政院日記』などの歴史記録には、これらの大事業がどのように行われたのかが詳細に描かれており、それぞれの時期に建築、または改築された部分や建築技術が、時間の流れと共にどのように発展してきたかを明確に示しています。城壁は風水の原理に基づき、平地に建てられている城壁は、旧都の中の四つの山の稜線に沿って建てられている城壁とは異なる様式で建てられています。また、ソウルハニャン都城は散歩や憩いの場として人気があり、長い間絵画、詩文、物語の題材となってきました。
現在ではソウルハニャン都城は、一千万人以上の人口を持つソウルの栄光を表す歴史的遺物となりました。ソウルの城壁は都市の景観をより美しくし、六百年以上国の首都を務めるソウルの歴史的なランドマークとして高く評価されています。これらの特徴は、次のような普遍的価値として定義することができます。
古い都心地域を囲う都市規模の城壁遺産
ソウルハニャン(漢陽)都城の建築に採択された方法は韓国の独特な技法で、高句麗の平壌要塞の城壁を建てる際に使われた技法と、高麗の開城城壁とその拡張壁に使われた建築技法に由来しています。平地の上野城壁構造は山地のそれとは異なります。 さらに、都市の境界線が韓国独自の様相を呈しており、キョンボックン(景福宮)、チョンミョ(宗廟)、サジクタン(社稷壇)、市場と住居区域が城壁の中に配置されています。
六百年以上の歴史の痕跡
大門の楼閣と城壁の本来の形がそのまま残されており、建築された時代の伝統を明確に現しています。現在、長さ18.627kmのうち、12.854kmが保存、または復元され、現存する伝統的な城壁としては世界で最も長い規模となります。復元されていない部分の一部の礎も残っています。朝鮮王朝は約5世紀にかけて続いた東アジアにおける最も長い儒教王朝であり、ソウルハニャン(漢陽)都城はその歴史と共に朝鮮の首都を守り続けてきました。また、城壁そのものが城壁の建築技術と各時代に採択された様式の物理的な証拠である他、修理や改築事業も朝鮮のそれぞれの時代に行われ、今でもその詳細が記録され、保存されています。
地球とのハーモニーの中に建てられた文化遺産
ソウルハニャン(漢陽)都城の位置は朝鮮半島の風水理論と地勢学理論に基づいて定められ、城内の四つの山の間につながる稜線に沿って建てられました。風景と調和を成すように、なだらかな傾斜地に積まれている城壁の岩を土石層が後ろから支えています。城壁の建築における自然地形の活用、四つの山の稜線、そして両側の城壁の外観が結合して、都心の中にすばらしい景観を生み出しています。
匠たちの共同作業によって建築された遺産
朝鮮時代の各地からソウルハニャン(漢陽)都城を建築するために労働者たちが集められ、各コースの建築には同じ地域や行政区域からやってきた人々が配置されました。作業実績を評価するため、石工と作業隊長の名前がこれらの城壁の各コースの煉瓦に刻まれました。残された城壁の統合性を維持するため、城内にある4つの山の地形がそのまま保たれた他、城壁内の川に流れる水量を統制するため、4つの山の木々が保護されました。朝鮮王朝五百年の歴史において、この城壁と大門を題材とした詩や絵画は数え切れないほど創作され、その相当数が今日まで伝えられています。現在、ソウルハニャン都城はソウルに住む地元の人々の生活と密接な関わりを持ちながら、各自の宗教的な信仰表現や儀式遂行、作文、絵画などの活動の場を提供しています。
2)正統性
ソウルハニャン(漢陽)都城は建築・改装・修理の過程を踏みながら五百年以上都を守ってきました。そのため、各時代の城壁の様々な材料、建築技術、形やデザインが歴史的な断層面のように現れています。また、この構造物は、城内の4つの山に囲まれている旧都の一部として統合され、またその正統性を証明する地と共に保存されてきました。
2008年、ソウルハニャン都城の全構造物の中で最も重要なスンネムン(崇礼門)が放火により、深刻な損傷を受けました。伝統技術による復元と再建には、現存する記録物が参考資料として活用されました。
フンインジムン(興仁之門)と共に、その城壁、木造構造物の正統性と伝統模様は疑いの余地がありません。ソウルハニャン都城は国の宝物として指定されており、現在、4つの山と城壁コース、城壁建築技術、城壁構造物の全てが大切に保存されています。今に至ってもなお、ハニャン都城はソウルの心臓部であり、歴史的価値や首都の境界線としての重要な意味が高く評価されています。
3)統合性
ソウルハニャン(漢陽)都城は独創的な韓国の概念と実践による結果物と言えるでしょう。また、現在保存されている跡地に沿って、本来の城壁の約70%が残る韓国最大の城壁でもあります。さらに、ソウルハニャン(漢陽)都城の一角を成していた大小様々な門や水門、烽火台が復元・再建され、保存されています。
また、ソウルハニャン都城が守ってきた王宮、チョンミョ(宗廟)、サジクタン(社稷壇)についても大切に残されています。現在、ソウルハニャン都城は、国宝、宝物、または歴史史蹟として評価されているヶ所と共に、国家文化遺産に指定されています。まだ研究途中の他のコースを把握し、復元するための研究事業も進められています。ソウル市はソウルハニャン都城の保存、管理、利用のための総合的な計画を立て、世界遺産の保存標準に準じる実行対策を講じています。